今後この所でささげられる祈りに、わたしの目を向け、耳を傾ける...

今後この所でささげられる祈りに、わたしの目を向け、耳を傾ける。今後、わたしはこの神殿を選んで聖別し、そこにわたしの名をいつまでもとどめる。わたしは絶えずこれに目を向け、心を寄せる。歴代誌下7章 15、16節

神様は、私たちの行いを全て見ています。なのになぜ神様は「わたしの目を向ける」と言うのでしょう?神様の耳は、閉じていなくて、いつも私たちを聞くのになぜ 「耳を傾ける」と書いてあるのでしょう?

この答えは簡単です。 神様はもちろん全てを見ています。だが、その所で行われている事に対して何よりも大事に見守っています。

同じように、神様はもちろん全てを聞いています。だが、その所で言われる事に対して何よりも大事に聞いています。だから、その所は、犠牲をささげる所です。そして、彼はさらに強調して言う。「...わたしは絶えずこれに目を向け、心を寄せる。」 要するに、神様は全てを見る、でもその所で行った事を特別に神様は目を向けてくれる。  想像してください。神様の考え、心が毎日その所にあるのです。心を寄せるのが命を籠めるという意味を持っているのなら、神様の命がその所にあります。

そして、その心は腐敗しだます事もない。それがイエス様が私たちにあげるために来た豊かな人生です。あなたはその豊かな人生を求めますか? 犠牲の所でされること言われることは、神様から気づかれないことはありえないです。

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