聖餐式では2つの事が起きます。1つ目は神を畏れ敬う者と畏れ敬わない者を分けます。2つ目は神を畏れ敬う者を神の元へ引き寄せる。教会はイエスキ リストの体であり、頭である。頭と体は協力し合っている。頭で考えたものを体が行っていく、こうして、イエスキリストの教会が築き上げられます。

罪とは?(例えば)
脳は体に指示を出します。脳が手に水を飲むように命令を出すが手はその命令に従わず、水を飲むよりお酒を飲んでしまう。もし、手が勝手な行動をしてしまうなら、
どうしますか?この手のせいで体が苦しむことを認めるのでしょうか?

この手は教会には通うが、聞いていることに従わない人を意味しています。罪を行い続けている人の事です。このような人は、結局イエスキリストの体から外されてしまいます。
私達が自分達の体を大事にしているように、イエスも教会である体を大事にしています。ある人は言った。自分の犯した罪を告白する者は、今までとは違う自分 になれる。悪魔が人間を潰すために使う武器は罪である。自分の罪が許されたのなら、悪魔はあなたを支配できない。自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で 正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。

ヨハネの手紙一 1章 9節

日曜日 午前10時~

Hama

Related post

Facebook

Return Top