お祈りとは神様と話す事である。お祈りは武器のようなものであり、悪に対抗でき、精神、霊的な面を強める事が出来ます。お祈りなしでは神様の国で生きていく事はできません。なぜなら、人間は論理的であって理に適わない事が出てくると、そこから進めなくなるからです。
お祈りは、人を神に近づけ、本来の自分を見せる。それだけではなく、隣人を愛する事、魂を救う気持ちにさせ、沢山の事を明かし、分別を与え、知識を与える。お祈りが人生を満たすのです。人の人生は空しいものです。そして、神様だけが人の心を満たせるのです。満たされる為に《お祈り》は、欠かせません。お祈りはクリスチャンとしての生き方に、バランスを当てるものでもある。イエスキリストに従って生きると決めた人は、その生き方を支える二つの大黒柱が必要となってきます。それは、《お祈りと聖書の熟考》です。〈聖書を読まずして、〉神様についても、進むべき道の事も知る事は出来ない。聖書の言葉をよく知っているとしても、〈お祈りなしでは、〉本来の意味、つまり真理を見つける事は出来ない。

何の為に祈れば良いのか。理由は7つあります。

一つ目 神様に近ずく為
信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。ヘブライ人への手紙11章6節 最初の肝心な理由は、神様御自身に近づく為のもの。

二つ目 肉の欲に勝つ為
誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。マルコによる福音書14章38節 もう一つの理由は、肉の欲に勝つ為である。肉の欲、つまり誘惑に負けない為に欠かせないのが、お祈りと断食である。

三つ目 霊的な戦いの為
絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。エフェソの信徒への手紙6章18節
霊的な戦いという話の時に、必ず出てくるのがお祈りの話です。お祈りなしでは戦えない。

四つ目 お祈りは天をも動かす
すると彼はわたしに言った、「ダニエルよ、恐れるに及ばない。あなたが悟ろうと心をこめ、あなたの神の前に身を悩ましたその初めの日から、あなたの言葉は、すでに聞かれたので、わたしは、あなたの言葉のゆえにきたのです。ダニエル書10章12節 ダニエルが自分自身を低くし、神様の事を理解する為に祈ったからである。お祈りは究極な武器である。自分自身を低くして祈る時、そのお祈りには、天地をも揺れ動かす力がこもっているのです。こうして恵みがくるのです。

五つ目 悪の霊に対抗する為
すると、イエスは言われた、「このたぐいは、祈によらなければ、どうしても追い出すことはできない」。マルコによる福音書9章29節 お祈りを通し悪霊を追い出せる力があると神様は教えてくれています。

六つ目 私達を強める為
最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。エフェソの信徒への手紙6章10-11節 お祈りを通し、主において強められる方法。

七つ目 悪魔に対抗する為
そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。ヤコブの手紙4章7節 お祈りや自分を聖なる状態にする事によって、悪魔に対抗できるようになる。

お祈りは、霊的な武器の中で一番強いのです。この武器が全ての霊的な武器の原点です。クリスチャンにとっては祈る事は、息をする事と同じくらい当たり前な事にならないといけないのです。呼吸をするのと同じで、息をしなければ死んでしまう。祈らなければ死ぬのです。これが多くのクリスチャンの問題であり、祈らないのです。

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