神様が約束した事に、信仰を使っているかどうかの一番の証は、約束を得る事ではなく、忍耐する事です。

神の御心を行って約束されたものを受けるためには、忍耐が必要なのです。 ヘブライ人への手紙/ 10章 36節

あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。   ヤコブの手紙/ 1章 4節

あなたは忍耐についてのわたしの言葉を守った。それゆえ、地上に住む人々を試すため全世界に来ようとしている試練の時に、わたしもあなたを守ろう。 わたしは、すぐに来る。あなたの栄冠をだれにも奪われないように、持っているものを固く守りなさい。 勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。彼はもう決して外へ出ることはない。わたしはその者の上に、わたしの神の名と、わたしの神の都、すなわち、神のもとから出て天から下って来る新しいエルサレムの名、そして、わたしの新しい名を書き記そう。 耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。」』  ヨハネの黙示録/ 3章 10節〜13節

多くの人は、祝福をもらったが忍耐しなかった。祝福されたのに肝心な神様を持っていないなら意味がない。
聖書の例えですが、いくら乙女でいられても肝心な油がなかった。マタイによる福音書25章1−13節に書かれています。参照ください。

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